一生懸命考えたものほど、当たらない。
個人開発をしていると、時々「神様は意地悪だな」と思うことがある。
寝る間も惜しんで、何ヶ月もかけて企画を練り、完璧なコードを書き、細部までデザインにこだわった『自信作』。リリース前夜は「これで世界が変わるかも」なんてワクワクして眠れなかったりする。でも、いざ公開してみると……驚くほど、誰にも刺さららない。ダウンロード数は一桁、SNSでの反応もゼロ。あの情熱は一体どこへ行ったのかと、暗い部屋で一人、画面を見つめる夜があるんだ。
練習で作った『Mobile Display』が教えてくれたこと
そんな挫折の真っ只中、気分転換の「練習」として、数日で作ってみたアプリがあった。それがMobile Displayだ。
「iPadを外部モニターにできたら便利だな」という、自分自身の小さな不便を解消するためだけに作った、ある種『適当な』ツール。でも、これが公開してみると、あれよあれよという間にダウンロードされ、いつの間にか自作アプリの中でダントツの1位になってしまった。
「あんなに頑張った自信作は何だったんだ……」という脱力感と共に、大きな気づきがあったんだ。
ユーザーが求めているのは『凄さ』ではなく『解決』
正直に言うと、作る側の自分としては、たとえ使いこなすのが難しくても「これさえあれば何でもできる」という多機能でパワフルなアプリが大好きだ。そういう「道具」としての奥深さにロマンを感じてしまう。
でも、現実にユーザーが求めているのは、使い方が簡単で、目的がはっきりしているもの。もっと泥臭くて切実な、「今、この瞬間の不便を解決してくれる道具」だったんだよね。そのギャップを受け入れるのは少し寂しい気もするけれど、それが真実なんだと思う。
練習で作ったアプリがヒットしたのは、機能がシンプルだったからこそ、ユーザーの「これこれ!」という直感にハマったのかもしれない。作り手の『エゴ』が抜けた時、皮肉にも一番いいものが生まれる。個人開発の奥深さを、痛いほど思い知らされたよ。
完璧主義を捨てて、とりあえず『放流』してみよう
もし今、何かを作っていて「これでいいのかな」と悩んでいる人がいたら、伝えたい。完璧じゃなくていい、練習のつもりでいい。まずは外の世界へ放流してみてほしい。
自分が「大したことない」と思っているそのツールが、誰かにとっては「ずっと探していた最高のもの」になるかもしれないんだから。
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